Lunatical life in broad daylight
へにょ~~~…… リ ツ 。ヮ ツ。
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未分類とその他の違いは何だろう
(26日)
阪大~千里中央~自由軒と移動して会食
→ 半徹で積んでいる諸々のものを消化。

(27日)
仮眠を取ってから、大阪城にて90番写真の撮影
→ 日本橋でオーディオ屋巡り、委員長から業界の話などをいろいろと教えてもらう。

(28日)
ドリパ大阪、第8回智天使楽師コンテストに参加
→ あやもさんに手渡すはずだった荷物を忘れるという重大ミスを犯したので中央線を2往復する
→ ミニオフで盛り上がり
→ 23時前に帰宅
→ 貴重な映像を頂いたので編集の為にヘルプファイルをいろいろと調査する

(29日)
朝からずっと
「コマ送り」
→ 「プリントスクリーン」
→ 「フォトショップで切り出して保存」
→ 「フォルダごとに整理していくと、まだまだ画像が揃っていないことに気づく」
→ 「まだ見つかっていない映像を延々とコマ送りで再調査」
→ 「ファイルサイズが大きすぎたので低容量化」
→ 「放置気味だったサイトを更新」

以上、最近の生存報告でした。
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通貨形態の在り方を考えなかった日常の1コマ
 日本橋のソフマップで要らないソフトを処分して15000ポイントのプールに交換。
→ 新PCの購入で獲得したルピーと合わせると約41000ポイントに。

 その足で、辞典を手にとって品定めするべく梅田へと移動しましたが、書店の店頭には1冊も無かった上に、店頭受取にしないと餞別に貰った図書カード(2万円)が使えない(配送だと代引になってしまう)
→ 結局は近くの書店で注文することに決定。

とはいえ、せっかく梅田まで行ったのだし、現金よりも溜まったポイントを優先して使いたいので梅田店にもわざわざ足を伸ばす
→ しかし、DVDばっかりで音楽CDや一般書籍の事業からはほぼ撤退しているという事実をしっかりと確認…

 こんな感じに無駄足を踏んだ反動から、帰宅後に「今いちばん欲しいものが購入できない、こんなポイントなんて無くなっちゃえばいい~!」と通販サイトに接続して、さほど必要でも無いソフトに約35000ポイントを消費
→ すっきりしました。

 さて、今度は他所に本と買い取り拒否されたCDを売りに行きます…
敢えて言うなら本の話
 読書は時に楽しく、時にはあんまり楽しくないものです。

 パートリッジ引用句辞典の概説書(全1059句から446句を独断と偏見で抜粋して主観的な論述を添加)を攻略しましたが、編者の一面的かつ挑発的な論調に嘔吐感を催しながらだったので当社比1.5倍の時間がかかってしまいました。それでも面白い句がちゃんとあって、「引用句辞典は面白いし使える」という収穫はあったので、紀伊国屋か旭屋で1万句クラスのちゃんとしたのを購入することに決定。

 そして今は、「音を視る、時を聴く」を半分ほど読んでますが、その前に読んだ哲学書のおかげで、(これまで無意識のうちに取っていた相対主義、物理学的パラダイムに加えて)フロイト派に納得してしまった自分には、大森荘蔵の実存主義・経験主義的な論説は少々の苦痛を感じてしまう(例えるなら、味の無いパンを水なしで喉に詰め込んでるような感覚)。

 もっとも、「全ての論説、価値観は相対的な価値のみを持つ」という相対主義に立つのであれば、それは視点や象徴界(意識世界)における世界の在り様を変えているだけなので、生じたパラドックスの数だけ特殊な説明を要するとはいえ、その大部分は「間違っている」とまでは言えない。複数からの視点を持つためにも、この本は無理してでも完読しようと思っています。
書くに事欠いたので…
巷ではポプのAC14稼働日だったようですが、雨が降っているのとプレイする明確な目的が存在しなのと混んでいるのが嫌いなので素通しして読書。

今日はラカンの精神分析学の話を読む前提になる、従来の哲学における認識論とその内包する問題点に関する勉強。現代科学における実体概念や理論負荷の現状については自分で適当に解釈をつければ意外にすんなりと理解できたが、デカルト様の純粋理性批判や神に関する理屈については、多分1割も理解できてはいない。

それにしても、「古典的認識論が通用しないのは、常識が通用しない現代物理学や現代数学の理論のほうが怪しいからなの~!」と血迷った理屈をこねだしたり、「時間も空間も存在も絶対的なものでなくっちゃ、不安で不安で仕方が無いの…」とかいう人達に関する記述を呼んでいると、ある意味気の毒に思えてきてしまいます。
中の人も大変です
予報が外れて晴れになったので、図書館に行って借りると決めていた本7冊と気まぐれに取った本1冊を借りる。3週間の期限があるとはいえ、1日100ページのペースなのでまじめに読まないと間に合わなさそう。不要同人誌の売却金を元手に日本橋で入手した小説本4冊と電撃hpは棚にあずけてこっちに専念することにする。

そういえば、ちょうど日本橋で多量の幟を立てたハルヒ祭が開催されていたけれど、今の自分には幟に猫かれた涼宮ハルヒの表情が「『こっち』はもう押さえといたからね」と主張するかのような、どこか悪戯めいた笑みに見えてきてしまう。小説を見た人間なら公知の事実であるように、あの話は認識論と存在論と時間に関する哲学に根っこの一端を絡みつかせているのだから。そして、それらに関する文献を、自分は周回遅れとして参加した遅刻者のように、これから読んで勉強しなくてはならない。

時間に関する哲学者は国内では科学における哲学的問題を問うた大森荘蔵が知られているが、他にも西洋学的な2,3の有名な論がある。

何故ここで科学が出てくるのかというと、今日において科学と哲学は否応も無く不可分の関係になってしまったから。約80年前に出現した量子力学とそれに付随する不確定性原理が既存の論理のことごとくに深刻な亀裂を生み出してしまい、一般相対性理論は重力と時間と空間を一体化してしまった。宗教においても、魂の所在や宇宙論などなど、数千年前に聖典を記した人間には責任を持たせられないような種々の問題が山積しており、御都合主義で無視しない限りは科学的視点を抜きにした世界など語ることはできない。

それらに生じた亀裂を修復する、新しい理学的世界観に即した論理が現在では求められているが、当然のように、理学と哲学の両方に精通じた人間で、しかもこのひどく難解な課題に立ち向かえるだけの域に到達している者は極めて限られている(職業的物理学者たちが慣れない哲学書を執筆せざるを得ないのも、この切実な問題の解決が大いに立ち遅れていることを実証している)。しかし、かつてこの解決の鍵になるかもしれない新たな認識論、存在論を突きつけた1人の哲学者がいた。パリ・フロイト派の総帥ジャック・ラカン。その論理は、偶然なのか、はたまた意図されたものなのか、量子力学と奇妙なほどにうまく一致するという。

もっとも、超弦理論のように、「驚異的なくらいにうまく説明が付くけれども、実験的に証明する方法が未だに見つからないから完全に正しいとは言い切れない」という、40年の歳月を経てもなお哲学の世界から現実に抜け出せない論理もあるのだから、理屈的に矛盾が無くても、その論理が正しいという保障はどこにも無い。しかし、勉強してみないことには論点すらも明らかにならない――ということで、意図せずに借出した1冊がラカンの量子力学―量子力学の哲学的基礎なのでした。
雑多な日常
DVDや積みゲーム崩しに充足感が感じられないので、用事の合間を縫って大英帝国の外交官をちまちまと読む。世界史を近代まで履修していなかったのでウィキペディアで検索をかけ、メモを取りながらの作業になるので50~100ページ/日のペースになりそう。これが終わったら、ついでに外交を制覇する予定。合わせて550P余の付け焼き刃がどこまで役に立つのかは分からないけれど、世界を現実的に構築する上では必要な知識だと思う。

もっとも、そういうことを言っておきながら、深層意識は「ラノベばかり読んでいると頭の悪い大人になりそうで怖い」とかいう程度のものなのかもしれない。知識自体が有用であっても、自己研鑽を怠ってそれらを絶対化してしまったら、逆に発想の枷となってしまうのだから。

In an Uncertain World
昨日からルービン回顧録を攻略中。経済用語や連邦政府の構造について学習しながら読んでいるので思うように進めないが、夕方になってようやく折り返しに到達する。政経分野に興味が無い人間には決して面白い本ではないと思われるが、高い視野と洞察力に満ちた論説は骨があり、非常に示唆に富む。日常では到達不可能な視点と思考を提供するという点で、文献というものの長所を改めて実感する。

そんな中、「レバレッジ率」の解説を探していたら、何故かこんなものを発見。エクスプレス隊長がどうしてもアイマスの高木社長としか思えない・・・
読書の日々
東方紫香花のMUSIC CDをバックにしつつ、丸1日かけて第六大陸を読破。さすが、日経の書評面で特別枠を貰った作品だと感嘆する。

今更言うまでも無い精緻な技術考証と鮮やかな人物描写、それでいて周到に設置されていた最後の大仕掛け。自分の描きたい作風に近いとはいえ、全てのレベルにおいて、たった2年の年上とは思えないほどに高く、そして遠い。

実は、開く前からそんな波動を感じるような鬼気迫った未読本が、部屋の本棚にはまだ10冊近くある。輝く風の訪れと、Ermitageを書いている途中に買ったものが多いけれど、文章を書き始めた直後に買ったものもある。これらの本は、いずれも下手に影響を受けたりしてしまわないよう、自分の書いている文章をいったん書き終わるまで塩漬けにしておいたもの。

でも、数年の時間を経た今なら――目指すべき位置を明確にしてくれるからこそ、恐れず正面から向き合える。書きたいものの形ができているから、飲み込まれずに読むことができる。そんな訳で、肩こりと過度の興奮、それに、引越しでちょっとおかしくなった家電のメンテに悩まされる中、至福の時間がただすぎていくのです。

#本が読み終わってもまだ、DVD7本と10本近く積まれているソフトと1.5ヶ月分の日本経済新聞(全部読み直すと恐ろしいことになるので文化面だけ)を効率よく処理するという大仕事が残っているけれど・・・





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