Lunatical life in broad daylight
へにょ~~~…… リ ツ 。ヮ ツ。
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西洋魔術師の付き合いかた
 最近ちょこちょこと攻略している本は、「科学と宗教~合理的自然観のパラドクス~」(2005/12/10 著:ブルック,J.H. 訳:田中靖夫)。寝る前の1時間で読んでいるので、10~15ページ/日のスローペースですが、なかなかに面白いです。

 中心となって語られるのは、17~18世紀。革新的思想である自然魔術や、地動説に代表される近代科学がほぼ同時に勃興してきた暁の時代です。科学と宗教と魔術が同じ坩堝の中で融け合っていた社会を、ルネサンス期におけるギリシア哲学の復権と創造的批判、カトリック~プロテスタント~ピューリタンの勢力間闘争、パラケルスス一派やアグリッパに代表される『自然魔術』に対抗する体系の受け皿として基礎的共通点を数多く持つに至ったカトリック聖職者、広報戦略としての「キリストの奇跡」と「魔術」の差別化、ジョルダーノ・ブルーノを焚刑に至らしめた真の主因である彼独自の教義(エジプト十字至高主義と多元宇宙論のキリスト教への持ち込み)、等の豊富な例を、多数の論客を引きあいに出しながら社会背景を含めて解釈していきます。

 その中で浮かび上がってくるのは、科学・宗教・魔術の三者が互いに絡み合い、分化しながらも分離せず、枝分かれしても社会的圧力で絡まったり別の形で融合したり、突拍子も無い懐疑主義につながったりしてしまう精神史。これらを別物として当時を論ずることがいかに人為的であるか、これらの相互作用が、単なる「闘争」や「融和」、「互恵」といった単一のモデルで論じ得るものではないという難しさが浮き彫りになっていきます。



 教養とかの話を抜きにしても、WIZ-DOM好きなら面白く読めると思います。
 何故、西洋魔術結社の中で、キリスト教聖職者と魔術師と錬金術師が並存しうるのか。一見、節操無しの寄せ集め所帯に見える組織が、大同小異で連帯できる可能性が決してゼロでは無かったことが分かります。互いに対する認識や、各立場の中にも認識に幅があること、両者の境界領域を掛け持ちすることが不可能では無いということなどが、豊富な例から理解できることでしょう。




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