Lunatical life in broad daylight
へにょ~~~…… リ ツ 。ヮ ツ。
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ゆらめきのプレリュード④
第四章 おもいでのなか

 白梅寮で迎えた最初の朝。不安を忘れて、束の間の安眠を貪っていた私を襲ったのは、驚天動地の大地震だった。突然に頭をつかまれたかと思うと、まるで、シェーカーでも操っているかのように、脳漿が激しく振り混ぜられる。
「純理様、そろそろお目覚めになられてはいかがでしょうか。朝餉(あさげ)の支度が整い、まもなく、皆様も席につくお時間なのです」
 口調の丁寧さと、やっている行為のあいだに、まるで整合性が感じられない。起動した直後にクラッシュしてしまいそうな意識が、声にならない悲鳴をあげる。私は、普段の十分の一の演算能力で、起こっている事態を解析・・・・することすら、実際にはできなかった。

「やりすぎ、と申されますと・・・・またもや、私は過ちを犯してしまったのですね。純理様、申し訳ございませんでした。こちらでは、私がお目覚めに上がる前に、皆様が這ってでもお目覚めになられるので、知る機会が無かったのです。ですが、今後は、慎みをもってお目覚めに上がるよう、しかと心がけます」
「そうして頂けると、幸いです。しかし、私も、すでにあなたの足音を聞くだけで目が覚める体質になってしまいました・・・」
 朝一番でなかったら、確実に胃の内容物を逆流させるか、出血していたに違いない加速度の余韻に足元をふらつかせながら、私は、目の前ですっかり詫び入ってしまっている女性へと、意識を傾けた。
 ココアホイップの地味な上着に、白のエプロンドレス。不適当な方法であれ、私を起こしに来たことからすると、普通なら使用人と判断して良いところだろう。しかし、昨日、小里さんから聞いた話では、使用人は一人も此処にはいないはずだった。
 事情はよく分からないけれど、まずは、相手を知ることから始めないと。私は、あらためて、自分から名を告げると、白梅寮を訪れることになった経緯をかいつまんで話す。それだけで、彼女もまた、私の期待する所を、感じ取ってくれた。
「申し遅れました。私はきくな様と共に小里様のお世話になっている第三世代亜種生命端末で、自律式天象予測システム『ササユリ』の末端インターフェイス『型式番号HTISZH―50、鈴奏(すずかなで)亜実(あみ)』と申します。職務との関連性はございませんが、少しでも皆様のお役に立つことができればと使用人の真似事をしておりますが、過ちを冒した際には、速やかに修正の指示を下さるよう、お願い申し上げます」

 亜種生命の歴史は、人類が新天地を求め、次々と虚空の彼方へと旅立っていった歴程時代にまで遡る。DNA改変技術により、機能性分子を生産・供給する、いわば、生産物的生命体と位置づけられる、第一世代。惑星改造期の過酷な環境に適応し、ひいては多様な能力を獲得するべく、人類が自らの身体を適応・変質させた第二世代。そして、第三世代は珪素炭素複合型――いわば、生命体としての機械。
 旧時代における微小機械並の性能を有する機能性蛋白質を、体内で自律的に生産、活用することができる、この『生きている機械』は、少々破損しても、自己秩序によって自然に修復する能力を持っている。その長所ゆえに、殆どの用途において、長寿命性、環境適応性が約束され、僻地における保守・保存コストも、最小限に抑えることができる。
 また、主な用途に関する能力以外の領域における知性、学習能力に関しては、人間と大して変わらないが、高度な演算能力素子が『人間の脳』のシステム上で利用されることで、旧世代のノイマン型コンピューターとまったく異なる領域――すなわちアナログ的並列動作、多数決論理、画像を一体化して認識するなどの革新的な機能を獲得した。また、無機演算回路による感情制御プログラムとは、また異なった形態によって、人間的な感情を再現した実績がある。
 しかし、欠陥や損傷に強く、柔軟な思考が出来る一方で、個々の動作が比較的遅くなるのは避けられない。ゆえに、第三世代は、どうしても場所と用途を選ぶ存在になってしまう傾向があった。例を挙げるなら、人間の姿で接することが大きな利点を与える用途や、辺境地帯での、きわめて過酷な環境下で使用される場合などが挙げられるけれど、亜実の場合は、自ら『端末』と名乗っていたのだから、何か大規模なシステムや、ネットワークの一部として、情報などを人間に伝達し、協力する任務を与えられているのだろう。いずれにせよ、私を起こした時の、あの手際からすると、家事が本来の用途でないのは明らかだった。

「春宵(しゅんしょう)一刻値(あたい)千金。楓ちゃんとの夜を楽しむあまり、ついおねむになってしまったのかな?」
「・・・そういう、あらぬ誤解を招くような表現はやめて下さい!」
 既に、食膳には昨日出会った小里さん、楓、由良、きくな、希が着いていて、残っている席はあと三つ。一つは亜実の席で、もう一つが私の席だとすると、最後の一つは・・・
「ごめん、寝過ごしちゃった! 理由はいつもと同じだから、省略ね」
 早足で駆け込んできたのは、先天的に、何だか突出したようなオーラを纏っている、優雅というより、むしろ凛々しい印象を与える女の子。年は、私ともほとんど同じみたいだけれど、ワインレッドのワンピースに、純白のカーディガンを合わせている大人びた服装といい、精神的に、どこか優位に立っているような雰囲気といい、どことなく、姉御肌みたいな感じがする。ほどなく、目を丸くして突っ立っている私に気付いた彼女は、3秒間できっちりと服の乱れを直すと、言語学者のようなきれいな発音で挨拶した。
「柏風由良さんね。私は水精堂(すいせいどう)美月(みつき)。それ以上でも、それ以下でもない」
「由良はこっち! 私は、星奔純理ですっ!!」
 由良と間違われるくらいなら、その辺りに立っている水草や小動物と間違われた方が、まだ幾分かは幸せだと思った。そして、それを裏付ける事実も、既に本人の手によって、用意されていた。
「今日の朝ごはんは、わたしと亜実が一緒に作ったの」
 想像してみて欲しい。どんな味のものでも口にするように調整された気弱な人型亜種生命と、本能+偏っていてかつ中途半端な知識しか有さない子犬っぽい子、この二人が作った食事が、果たしてどんな料理になるのかを。
 ある意味、人を超越した領域に到達している別次元の感覚を、私は全人類に体験させてやりたいと思った。笑顔の上から脂汗をしたたらせながら、かすかに震える手を動かしている楓。「普段から、お姉さんはこれしか口にしていないから」と、一人だけ大きな丸徳利から謎の液体を注いでは飲んでいる小里さん。そして、私ときくなもまた、自分の感覚だけを頼りにして、戦っていた。
 角皿の上にある、コバルトブルーと消炭色のマーブル模様をしている球体を、箸で摘んで、隣の皿に移す。すると、今度は食虫植物の触手のような形をした、紫色の切片が送られてくる。つまり、私ときくなは、自分の悪運と勘だけを頼りに互いのおかずを交換して、せめて品数を半分にするという危険な賭けに合意しているのだった――うぅっ、この触手モドキ、舌を刺すような酸味がする・・・この原料、まさか遺失生物じゃないだろうね。
 平然と食べているのは、味覚の影響を受けない亜実と、製作者である由良、それに美月だけだった。
「・・・・レシピどころか原料さえも推測できない謎の有機素材。非常に興味深いところね」
 私は、こういうタイプの人種に何度か会ったことがある。美月が最初に名乗った姓を、耳にしたことも。蛍石を独力で構成した技術力とあわせて、私は、ある一つの可能性に行き着いていた。
「もしかして、美月って、想天界の――」
「たまに、知っている人がいるのが困りものね。いちおう、形ばかりの序列の上では第六皇女だった。でも、昨年に除籍したの」
 想天界は、趣味の蕎麦打ち職人から超精密機械、ひいては人工生命体のエキスパートに至るまで、モノづくりに取り憑かれてしまった人間ばかりが集まった、十全世界の一つ。少人数で経営体を作ることが多いけれど、中には、数十万人の規模で都市や人工天体の創成に携わる、精鋭的集団も存在するという。また、神話的な逸話もいくつか残存しており、完全破壊された溢生界を元素レベルから再生させた、99万9999人からなる異業種横断集団、『神手』は、想天界の存在を、生きた伝説と化した。
 実力主義の風土が極めて強く、支配階級の直系も十四歳の誕生日に除籍、外界に隔絶されると言われているから、私が出会う可能性はゼロではない。彼女が本物かどうかまでは、私にも知る由が無いけれど、当人がそう言っているのだから、その前提で話を進めていく。
「その技術で、亜実の手際をよくすることはできるの?」
『ぷるぷると自発的に蠢く半透明の粒』を二、三個を頬張っていた美月は、それを飲み下すやいなや、あっさりと即答した。
「不可能とは言わないけれど、手取り足取り教えるのが、一番早いかな。理屈と膏薬は何処にでも付くっていうし、こういう隔絶環境で亜実専用のプログラムとデバイスを組むとなると、それにかかる手間も、時間も覚悟しないといけないから」
 結局、私は亜実の改造よりも教育を選んだので、一日つきっきりでその挙動を観察することになった。

 〈亜実レポートその1、現状把握〉
 ①玄関の掃除…隅から桜の花びらを全部集めようとするので、いつまでも範囲が広がらない。
 ②廊下の掃除…玄関で時間を使いすぎたので、大急ぎで走ろうとして、転ぶ。水をふき取る後始末だけで、予定時間を終了。
 ③昼食の用意…湯舟の残り湯を使用しかけたので、私が阻止する。同時に複数の作業を平行させようとすると、テンパってしまう傾向が明確になる。
 ④衣類の洗濯…水だけで洗うのは大変な作業だけれど、嫌な顔ひとつしないで頑張っていた。
 ⑤布団の取り込み…階段から滑り落ちる。目に涙を浮かべたが、手を止めたりはしなかった。

「さんざん苦労して、泣きたくなるほど、惨めな思いをしているのに。それでも、自ら雑用を買って出ているなんて・・・」
 手帳に記録された映像をあらためて再生しながら、私は、熱いお茶をすする。ただ見ているだけと思われるかもしれないけれど、「亜実の至近距離にいる」という立場上、亜実が何かしらの失敗をした後のリカバリは、必然的に手伝うことになる。つまり、普通の作業量に準じるくらいの仕事は、しっかりとこなしていた訳で、こうして亜実と漬物を挟んで休息を取る権利くらいは、与えられて然るべきだと思う。
「私だって、好きで失敗しているのではないのです。私は、無機演算機と比べても劣っている自分のスペックが大きらいなのです」
 亜実も、つまようじの先に刺さった漬物を、小さくぽりっとかじって、お茶をすする。
 そのしぐさといい、行動といい、亜実は、いささか過剰なくらいに人間らしかった。しかし、いかに『人間の脳』を再現しているといっても、そうであるならば、せめて、人間の中でも、平均的なレベルくらいは、品質的に保障して欲しいものだと思った。
「そういう意味じゃないの。自分の専門分野でもないのに、周囲の人間以上に無理して、辛い思いをしているのは、どうしてかなと思っただけ」
 亜実は聞いているのかいないのか、しばらくそのままの姿勢で固まっていたけれど、やがて、何事も無かったかのように答えた。
「大切な人達のために力を惜しまないのは、当たり前のことなのです。遊ぶのは皆様にお任せして、私は、こうしているのが一番性に合っているのです。だから、ご心配はなさらなくても結構ですよ☆」
 握りこぶしで「とんっ」と胸をたたく亜実の健気さには、私もちょっとだけ胸を打たれる。しかし、現実を見据えた場合、このまま、何も解決しないうちに、話を終わらせる訳にはいかなかった。
「だったら、もっと、私を安心させるようになってよ。私の身の安全と、亜実の明日の為にも、さっそく次の段階に入ろうね」
「はい。現状に甘んじることなく、更なる高みを目指していきましょう。日々是精進なのです」
 高みを目指しているはずなのに、私と亜実はさらなる深みへと嵌り込んでいく。古人いわく、春は、善悪の倫理について、古今の聖者が叶わないほど多くを教えるという。しかし、家事に関しては、光る風も、草の芽も、春の日も、黙して語ってはくれなかった。『それくらいは、自分で何とかしろ』という思し召しなのかもしれないけれど、坂道を転げ落ちるように失敗を量産する半人前の家政婦と、あれこれと言いながらも、実用的な生活知識に欠けている理詰め娘の共同作業は、その後も、難航を極めた。

 〈亜実レポートその2、要因分析〉
 (音声入力開始)「現時点においては、私も含めて、生活様式に関する知識、特に暗黙知が、絶対的に不足していることが判明・・・・・・分析と対策には、さらに一定以上の『きゃー、純理様避けて――(ジュヮッ)」(音声入力終了、再生時間計26.3秒)

「・・・・そういう訳で、とても疲れたから、星を見たくなったの」
 夕食の後片付けの後に、全員分の布団を敷き、ようやく一日の日課を終えた私は、月見台で天を仰いでいた。うっかり、自分の部屋の順序を最後にしてしまったために、由良が後ろからスカートの裾をつまんで付いてきたけれど、振り払うだけの気力も無いので、そのまま、くっつけて来る。床にぺたんこ座りしている由良と、この場所を定位置にしているらしいきくな。仰向けに寝転んで、虚空に浮かぶ無数の星辰を見つめながら、愚痴をこぼしている私。夜空を三人だけで貸しきって、思い思いに過ごしている。
 ふと思いついて、私は、手帳に表示されている標準時刻と、星辰の配置を、あらためて見比べてみる。私はこの二つの情報を統合することによって、自分の居場所と方角を把握する訓練を受けていた。
 しかし、肝心の天体の方に、知識と符号する配列が一つとして見つからない。結局、私達のいる、白梅寮の位置を推測することはできなかった。
 そんな時、私は不意に下半身から上がってきた、言いようもない感触と同時に、血液が一瞬にして沸騰するような、強烈な刺激に襲われる。
「・・・・・・ゅ・・ん・・・・」
 よほど私の話がつまらなかったのか、何も考えていなかったのか。いつの間にか、私のいる場所まで転がってきた由良は、無断で膝元にまで潜り込んで、私の膝枕を満喫している。
「・・・ちょ・・・・ちょっと・・・・。人が、せっかく物思いにふけっている最中に・・・なんてとこ・・・・・・」
 頬を押し付けてくる感触、かすかに、寝息が肌にかかる感触。自分からは、どうにも、動きようのない体勢に束縛された状態。私の意志を無視したかのように、全身の血液が一斉に強制循環され始める。このまま症状が進行していったら、私はきっとまた昨日みたいに――
「そんなに辛いのなら、代わってあげようか。楓の話だと、昨日は気絶しちゃったらしいしね」
「お願い・・・・・今はまだ、理性に頼って生きていきたいの・・・・・」
 半ば絶望しかけていた私の心に届いた、きくなの心遣いは、涙が出るほど嬉しかった。けれど、予備知識を有していたのなら、ここに至るまでの事態を、ほんの少しでも、未然に防げるよう配慮してくれたのなら、もっと嬉しいと思える。切実で、ささやかな希望を胸に抱いた、そんな春の夜。
「これでよし、と・・・・膝枕なんて、純理には、まだちょっと早かったかな?」
 器用な手つきで、自分の膝元に由良を引き取ると、きくなは、少しいたずらっぽい笑顔で、由良の頬を軽くつついて遊んでいる。傍目には微笑ましく見える光景の隣で、私はゆっくりと自分の脚を撫でて、ようやく正常な感覚を取り戻そうとしていた。胸の奥で熱く波打っていた動悸が鎮まって、次第に呼吸が落ち着いていく中で、私は今起こった出来事について、冷静に考え直していく。
「まさかとは、思うけれど・・・昨日、由良と膝枕の話なんてしなかった?」
「・・・そういえば、ちょっとだけ話題になったかな。『特別な関係なら、膝枕しても許してくれるんだよ』って」
 内容だけを見ると間違っていないけれど、これが遠因となった結果は、著しく間違っている。しかし、私からの抗議の視線を聞き取ったきくなは、丁寧にも、ちゃんと音声に通訳して投げ返してきた。
「でも、間違ってなんかいないよ。さっきだって、純理は心の中でどう思っていたにしても、無理やりに由良を排除したり、叩き出したりはしなかったもの」
「それは・・・」
 『私自身が混乱していて、思いつかなかっただけ』と、続けられたらよかったのに。私は、きくなの言葉を、完全に否定することができなかった。きくなの視点で見た時に、私と由良がどう見えているかという以前に、私達の関係は最初から特殊だったから。
「純理の不器用な優しさ・・・亜実にも、ちょっとだけ、分けてあげられたらいいな。亜実がこの場にいることは、すべて私の責任。そして、亜実の希望を叶えてあげることは、あたしにとっても、大きな喜びなの」
 穏やかだけれど、よく通る声で、きくなは告げる。大切な一日の始まりに謎の球体を身体の中に容れさせられたのに、それでもなお、心から亜実のことを思いやることができるのだから、亜実ときくなの関係もまた、私達と同じか、それ以上に特別なものなのだろう。
「・・・亜実には、断らなくていいの?」
 二人が共有する歴史と思い出を、これから私が知るであろうことを。鍵を預けられたからといって、私はそれを勝手に使う権利があると思えるようなタイプの人間ではなかった。しかし、きくなは膝元に横たわる由良の髪を愛しみながら、優しい眼差しで答えてくれた。
「亜実も、あたしと同じ気持ちだと思う。そんな純理だからこそ、信じられる――打ち明けることができるの。あたし達の心に刻まれた、消せない絆と罪の記憶を」

 先に述べたように、亜種生命端末が配置、運用される地域は、きわめて過酷な環境の辺境が主になる。きくなと亜実の接触が起こってしまった土地もまた、環境維持システムが破綻して、地域全体が沙漠化した区画の一角にあった。
「もう、毎日が砂との戦い。限られた作物を必死に守って、いつ枯れてしまうかさえ、わからないような水脈を捜し求めて、乾いた土地にすがりついて生きていく。物心がついた時から、ずぅっと、そういう生活が当たり前だった。そして、日が沈んで夜になったら、みんなで外に出て、星空の下で精一杯に踊るの。私にとって、夜という時間は、一番の楽しみだった」
「でも、私は一度も、きくなが踊っているところを見ていない。それもまた、亜実を思いやってのことなの?」
「私自身の意思で、決めたことだよ。それに、私は今でも踊っているよ。心に思い描くままに、遠い日に覚えた踊りを」
「・・・ごめん。話が余計にわからなくなってきたから、先に進めて」
「・・・あたし達の集落には、一人だけ、踊ることが許されない子がいたの。それが、ずっと前、周辺環境の変化を伝えるために巡回してきた亜実。ここに来てしまった直後に、地下室に閉じ込められ、鎖で幾重にも手足をつながれた亜実は、万が一にも他人に存在を知られたり、奪われたりしないように、外に出ることはおろか、一切の自由を、許されていなかった。あたしが生まれる前からずっと、あの子は、絶望の時間を生き続けて続けてきたの」
「そう・・・亜実の一生を犠牲にすることで、生活を確保していたのね」
 僻地において、亜種生命体が音信不通になる事件は珍しくない。事故や犯罪に巻き込まれて破壊されることはもとより、学習能力があって、本来外の用途にも訓練次第で融通が利く第三世代亜種生命は、奴隷や使役動物として組織的に略取され、売買の対象となることすらもありえるという。もし、不法な手段によって占有されてしまったとしても、調査・回収費用の方が生産コストを上回ってしまう事情から、捜索が行われるということは殆どない。そして、非合法に所持された亜種生命体は、長寿命化の為の配慮を受けることなく許容量以上に酷使され、殆どの場合、短命に終わると聞いている。
「もし、亜実が砂嵐を予見して、水脈の位置を発見してくれなかったら、旱魃(かんばつ)の年に生まれたあたしは、最初の誕生日を迎える前に、口減らしで殺されていた。あたしは、物心つく前から、亜実を犠牲にするという業を負っているの」
 私は、きくなを責めようとは思わなかった。私を含めて、人は生きている限り、罪を犯さずにいることは不可能なのだから。少なくとも、拭いようのない罪業に苦しんでいるきくなを、迷わず断罪することができるほど、私は偽善に毒されてはいなかった。
「犯した罪を贖(あがな)うために、亜実を連れ出したの?」
 沈黙。きくなはかすかに震えながら、ゆるやかに首を項垂(うなだ)れていく。
「純理は、先読みしすぎだよ。やりにくいなぁ・・・・」
 そんなことを言われても、きくなが先の読めるような話ばかりしているのだから仕方が無い。
「私の性分だと思って。こればかりは、素直に諦めるしか無いと思う」
 諦めることができたかどうかは分からないけれど、きくなはそのまま、話を続けてくれた。
「・・・大人たちが土の下に隠していた亜実を見つけてから、あたしはたくさんの事を教えて貰った。遠く離れた土地のこと、豊かだった時代のこと、いろいろな言葉や、世界を動かしている理(ことわり)のこと。そんなことがあったから、私は、亜実の髪飾りと自分の結び布を交換して、姉妹の契りを結んだの。でも、まだ幼かったあたしは、自分の行いがどんな結果を引き起こすかなんて、夢にも考えてはいなかった」
 ここで、私はきくなが言いたかったであろうことに気付いたけれど、余計な口は挟まずに、話の続きに耳を傾ける。
「普通だったら、気付くよね。まともに教育も受けてこなかったはずの子供が、いきなり字を書き出したり、未知の知識について話したり、あげくの果てに、地下室に隠していたはずの、亜実の髪飾りをつけていたのだから。当然、あたしは口を封じられそうになって、命からがら、身ひとつで沙漠の中に逃げ込むことになった。
 普通の人間が生きられるはずの無い、岩と砂に囲まれた世界を何日も逃げ回っていく中で、生きたいっていう気持ちが、ゆっくりと無くなっていって、いろんなものが、どうでもよくなってきて・・・焼き付ける太陽が沈むのを待ってから、私は、人生の最期に踊ることにしたの。生まれて初めて覚えた簡単なものから、祈りの為の踊りまで、一通り踊った後、最後に枯枝のように衰弱した身体で、亜実が教えてくれた踊りを踊った。それが、あらゆるものを元素へと還元するために編み出された、葬送の舞だということも忘れて」
 由良の頬の上に、雫が零れ落ちる。
「今でも、時々夢に見るの。集落を包み込むほど巨大な光の柱が突き立つと、その中にあったあらゆるものが、結晶のようになって、あっという間に砂に削られて、粉々になっていった。夢か何かの情景に思えたそれが、現実だって気付いたのは、地下牢の中にいて命を拾っていた亜実の治療を受けて、意識を取り戻した後だった」
 それ以来、きくなは自ら踊ることを禁じた。唯一残された亜実という存在と、今という時間に価値があることを、絶望的に希望すること――それだけが、きくなの生を肯定する、唯一の手段だった。
「あたしは、故郷もろとも過去と存在の根を失って・・・違う、この手で消し去ってしまったから。この刹那を楽しむことしか、もはや考えられない。身勝手なのを承知の上でお願いするけれど、これからも、どうか、亜実のこと・・・」
 そこまで口にしたところで、きくなの託付(ことづけ)は、彼女と同等以上に強い想いによって遮られた。
「きくな様のお気持ちだけで、もう十分です。罪も、業も、すべてを共有して命尽きる時も、ずっときくな様に御供することさえ叶うのであれば、私はもう、何も望みません」
「黙っててごめん。身体を冷やさないようにって、亜実が綿入れを持ってきてくれていたの」
 そして、私は照れを隠すために、ちょっと早口になりながら、胸に抱いた気持ちを、一気に吐き出した。
「いいよ・・・私も、生まれる前から周囲の道標として、運命付けられてきたという点では、亜実と同じだから。放っておけないっていうのも勿論あるけれど、もうちょっと付き合って、時間をかけて、考えてみたいと思う」
 そして、翌日になってからは、亜実と二人でちょっとした家事をして、二人でちょっとした失敗をして・・・さすがに、ちょっとあきれ顔になってきた小里さんから訂正をもらうことが、私と亜実の、共通の日課になった。

 〈亜実レポートその3、中間報告〉
 亜実は、押し花の手帳が好き。星空を見つめることが好き。周りの人達のことが好き。でも、要領の悪い自分の性能だけは嫌い。相変わらず過ちは犯しているけれど、(あくまでも以前と比較したら)ほんのちょっとは改善したような気がする。桜シロップ作りで氷砂糖を無断使用された時には、失望を感じたけれど、美月が代わりの分を構成してくれたことに免じて、今回ばかりは許してあげることにした。




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