Lunatical life in broad daylight
へにょ~~~…… リ ツ 。ヮ ツ。
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ゆらめきのプレリュード⑪
 第十一章 とけてきらめく

「三人だけで、本当に大丈夫なの? 私としては、せっかくの苦労を無駄にして欲しくないというのが、本音なのだけれど・・・」
「無駄になんて、ならないよ。だって、純理も『どうにかなる』って思っているからねっ☆」
「もう、由良ってば簡略化しすぎ。万事を抽象的なフレーズで説明しようという態度は、知的衰弱の第一歩なの」
「純理はかちかち過ぎるよぉ。きっと、氷砂糖ばかり食べてるから、そうなっちゃったんだ」
「・・・・謝るから、その哀れむような瞳で見るのだけは、止めてくれない・・・・?」
「由良ちゃんと共融してからすっかり照れ照れな純理ちゃんは置いといて・・・美月ちゃんのおかげで、みんな助かったよ。あとは、美月ちゃんの望むままに、行く末を見守っていてね」
 楓が意識を取り戻すと、私達は速やかに美月の許を辞することにした。本来、第三者であるはずの美月を巻き込むリスクは最小限に抑えたかったのは当然として、私達は、希をこれ以上一人ぼっちにしていることを、望んでいなかった。
 砕け散った断片は、本来ひとつであったがゆえに、在るべき姿に戻ろうとする――ひとつであった時を想って、自分の欠片を求め合う。
 小里さんの言った通り、私達は互いの存在を必要として、惹かれるように求め合っていた。例え、本来討ちあうべき関係であったとしても。それが、避けられない宿命であったとしても。壊れたままでは、いられなかった。

「純理ちゃん、由良ちゃん、ごめんなさい。友達になった時には、〝時を告げる者(クロックメーカーズ)〟の争いに、ここまで深入りさせちゃうことになるなんて、思ってもいなかった。でも、最後の最後まで、私と希ちゃんの友達でいてくれて・・・とっても、嬉しかったよ」
 体系という言葉を知らないかのように散らかっていて、未だによく整理できていない由良の知識領域から引きずり出してきた情報によると、それは、私が白梅寮に来る直前の時点を基準にして、約八千年前に十全世界の支配者階層として聖体降臨の計画に携わった技術者集団のことを指していた。
 希と楓は、歴史学者でさえもその足跡を見失ってしまった一派の血を現在に引き継ぐ末裔で、天象の変化を精確に読み取り、暦を制定する権限を握っていた彼の組織は、同時に、不完全な時を紡ぐ不良品の排除についても、その責任を自ら負っている、時の護り手でもあった。
 しかし、開発の途上において、組織は、やがてプランク時間未満の時空の揺らぎに伴う乱れ因子の処理に関する論争の縺れから内部対立に至った末に、とうとう聖体の予見性を否定する一派が離反、最終的に『不完全版』を破壊するという強硬手段に至ることになった。
 希もまた、その意志を託されているがゆえに、本流に属している楓を退けてでも、託された使命を全うしようとしている。
 そして、希の持つ心はあまりにも純粋だった。希は、祖先の遺志を貫くために、自分以外のすべてを隔絶して、自らを孤独の牢獄に投じた代償とすることで、初めて得られる強さまでも求めてしまった。その強さは、硝子が砕け散る際に奏でる一瞬の音色のように澄んでいて――しかし、とても切なくて、淋しい強さであるように思えた。
「出会う前に、言っておくけれど・・・もしも、楓が自分の生命と引き換えに希と刺し違えるつもりだったら、本気で引っ叩くからね」
「だったら、そうしてくれたって――」
 この時ばかりは、私も本気だった。人生の中でも、女の子に手を上げたのは久しぶりだったけれど、手も、心も、ひどく痛かった。
 楓もまた、私と同じくらいに痛かったはずなのに、何事も無かったかのように起き上がる。そして、いつになく真剣に、穏やかに、話を続けていった。
「私にはもう、希ちゃんを止めるだけの力は残っていないけれど・・・それでも、希ちゃんを救ってあげたいという気持ちは、変わらないよ。だから・・・あらためて、約束したかったの。もしも、私達の誰かに何があったとしても、最初に決めた気持ちは変えないって」
 それは、『希と和解する形でしか決着を付けない』という、きわめて困難な縛りに同意することを意味していた。失敗は即死に繋がる、理不尽なまでの注文。それでも、私達は手を重ね、約束を交わした。この道を、曲げることなく貫いていくことこそ、私達の歩むべき道であると考えたから。

 時が、始原へと還っていく。始まりの場所での、初めての出会い。あの日と同じ、ゆらめき流れる泡沫に誘われていくがままに、私と希は、互いの姿を瞳に映していた。同じ時間を生きてきて、傷つけて、拒んでもなお寄り添おうとして。それでも、本当は何も変わっていないのかもしれない。希の精神(こころ)はずっと孤独なままで、私の精神(こころ)もまた、希と同じ、寂しがりやなままだったから。
 希は、あの時と同じように一人でシャボン玉を飛ばしていた。数多に浮かぶ珠の一つ一つに、私達の向き合う光景が映り込んでいる。
 希が作り出しているシャボン玉は、薄膜の中には何も無い、ただ宙に浮かぶだけの空ろな器なのかもしれない。しかし、夢を満たすことができる、数少ない器のひとつだった。
 生半可な想いでは、血の通った人間である楓を手に掛ける決意なんて出来る訳がない。自ら奈落へ墜ちることを決断させるほどに強い意志に立ち向かうには、私もまた、心からの想いをぶつける以外に、方法はなかった。
 私は、周囲の全領域が、既に希の支配下に置かれているかもしれないリスクを認識した上で、敢えてそれを無視して、希の眼前、あと一歩踏み込めんだら手が届く位置にまで歩み寄った。
「覚えてる? 白梅寮で私と出会って、初めて名前を教えてもらったときに描いた夢のこと。私はまだ、諦めてはいないから。導く星が違っていようと、心ある限り互いに分かり合える時が来るって、今でも信じてる」
 あの時の私は、由良と心を通わせることになるなんて想像もしていなかったけれど、希は、たとえ希望という形であっても、その日が来ることを確かに予感していた。
 私もまた、いつまでも、どこまでも強く希のことを信じていく。希のことを、本当の意味で友達だと呼びたいのなら、どれほど小さな可能性であっても、その意志を失ってはいけないと思った。
 希は、薄い憂いを含んだ表情を変えることなく、ゆっくりと右手を自分の胸に軽く重ねる。そして、抱いた思いを確かめるように、希は言葉をひとつひとつ、時間をかけて紡いでいった。
「心の底では、ずっと前から気付いていました。あなたに見せてくれた夢も、いつかは、私が自らの手で偽りへと変えてしまうことを。でも、知った上で、それでも私は甘えずにはいられませんでした。そんなものでも幸せに思えて――嬉しく思ってしまうくらいに・・・あの時の私は、弱かったのです」
 そう思ったから、希は誰にも負けないだけの力を得たのだろうか。
 私は、そう思えなかった。
 希は、本当は優しくて、なりたがっている姿よりも、ずっと弱いと思う。それでもなお、希はかけがえの無い何かの為に、ひたすらに無理をしようとしているように思えてならなかった。
「楓と亜実から断片を手に入れたことで、本当に、希は強くなることができたの?」
 私につられるように、希の表情の中に、痕跡量の苦笑が滲み出る。
「いいえ。純理さんは見抜いた上で聞いているのでしょう。どれだけ強い力を得たとしても、心まで強くなれるとは限りません。こうして貴方達と再開しているという事実が、私の弱さを証明しています」
 淡々と話す希からは、どこか吹っ切れてしまったような、諦めにも似た感情が漂っている。
「結局、自分の弱さを受け入れた私は、弱い心を抱いたまま、この場に臨むと決意しました。純理が話した心と同じく、ひとひらの想いを消せないままに」
 悲壮なまでの決意と、揺らぎ止むことのない葛藤と、絶望的な希望に満たされた静寂。
「それでも、通じあうことは決して叶わない・・・もう、一緒にいた頃の時間には戻れない。けれど、あの時に抱いていた心までも偽りへと変えてしまうのは、余りに哀しすぎると思う。だから・・・せめて、引き返そうよ。ここで、最初に出会った時の、あの距離にまで」
 限りなく圧縮された沈黙の時間。
「・・・全ては、過ぎ去ってしまったことです」
 辺り一帯に浮かんでいた泡沫が、一斉に弾け散る。微細な液滴が霧となった時、私は大きく地を蹴って、楓と由良の力が及ぶ後方へと逃れていた。
「ラプラスの悪魔の亡霊など、冥府に返す価値もありません。私の手で、即刻消滅させます」
 よく通る声での、毅然とした宣告。心の弱さやためらいを胸の奥底に閉じ込めていようとも、未来からの束縛を断ち切る時の守護者として、希は己に課せられた使命を完遂する。息詰まる雰囲気の中、冷や汗に濡れた服のべったりとした感触だけが、妙に印象に残っていた。

 以前と同じく、希は気流の渦から、自身の周囲に八本の氷柱を直立する向きで形成しようとする。希が何を意図しているのかは不明でも、一方的な展開を避けるにはひたすらに妨害するしかない。
「楓、正面右手の柱に集中!」
 轟然と響く風の音に負けない声量で叫びながら、イメージを構成する。狙いは、希が支配下に置いた空中ではなく、希とその周囲に形成されようとしている八本の渦巻く柱。
 同時に、私は地下から振動を伝播させて根元から倒壊させるべく、そこに力が収束する場の作用を、心に思い描く。楓に出した指示は半分陽動で、真偽を判別するための符丁は事前に決めていたから、希の耳に届いていたとしても、特に問題は無かった。
 音声に頼らなくても意思の疎通が可能な由良と、心の中でタイミングを合わせる。そして、視線はあくまで柱に集中させたまま、私は大地を踏み抜くくらいに強いイメージで、地に脚を落とす。
 秒速3~7㎞の地震波が烈震となって、直下から希を襲った。
「――!!」
 突然、足許が崩壊した希の重心が崩れるのを見逃さずに、楓が手を掲げる。
 渦の一本が蒼皓い光彩を帯びて急激に歪んだかと思うと、他の渦や、完成しつつある氷柱を巻き込もうとする。希の支配下にある渦の一本を、楓が包摂(クラスレーション)によってまるごと奪い取ろうとしているのだった。
 希は、渦に環を嵌めて動きを封じようとするけれど、「希の制御力の八分の一」と「楓の全力」の争いは容易には決着がつかない。予想外の抵抗を続けられたことで、希の表情の中にも次第に、焦りの色が生まれつつあった。
「見苦しい抵抗はやめて下さい! 私の楔で在り続けることは、あなたの全存在を費やしても不可能であることはもはや明白なのに。何故、それが分からないのですか!?」
 希の言う通り、一時的にでも均衡を保っていることの方が、むしろ奇跡的と言えた。
 断片は、複数を同時に操作することでシナジー効果が発生して、より、完全体に近い能力を発揮する特性がある。単独での物質変換効率は2.35%に過ぎなくても、私と由良のように二つを協奏させるだけで8.3%の相乗効果が加わって4.7%+8.3%=13.0%に、希のように三つを同時に操作したら、相乗効果は13.15%にまで拡張し、定率分と合わせると20.19%にまで及んでしまう。
 2+1では、決して3に及ぶことはない。その摂理を知りながらも食い下がろうとする楓は、今までに見た中で、最も寂しい微笑みで、希に話しかけた。
「そうだね・・・・もう、私の力は希ちゃんには遠く及ばない。いまだって、身体中が軋んで、悲鳴をあげてるよ。でも、苦しいのは私だけじゃない。希ちゃんだって、必死になって自分と戦ってる。本当は、身体も心も壊れそうになっているのに、それでも我慢して、無理しようとしているよ」
 オリジナルから分割された二十六片のすべてを許容できるのは、本来これらを制御する為に生み出されたデバイスである小里を置いて、他に存在しない。人間へのインサートはほぼ例外無く使用者に一定の負荷・障害を与えてしまう。希が楓から得たアンクルを第三の断片として完全同化させていないのも、おそらくは希自身がこれ以上の副作用に耐え切れないと判断したからだろう。
 最大の急所を指摘された希は、沈黙の抵抗を以って応えた。
「希ちゃんと友達のままでいられるのなら、私は、どれだけ傷つけられたって、希ちゃんを許すことができる。希ちゃんが背負っている想いの重さも、私は知っているつもりだから。でも、独り決めな希ちゃんが業を重ねていって、奈落へと墜ちる姿を見るくらいだったら・・・今ここで、希ちゃんのかわりに、私が壊れちゃえばいい!」
 締め付けられ、空間に節々を固定させられながらもなお一匹の蛇のようにのたうち回る渦。
「どうして、憎んでくれないのですか――楓のそういう情性こそが、何よりも鋭利に私の心を抉るのに・・・心血を切り刻む、何よりも痛烈な凶器なのに!!」
 一瞬、膨大なエネルギー操作をしている最中であるにも関わらず感情に支配されてしまった希は、制御を維持している別の渦を操って・・・よりによって、無造作に接触させてしまった。

 ――音などというものではない、凄まじい圧力波を伴った、放電と爆発。あの時の私と同様、冷静さを失ってしまった希は、制御を失った力の行き場を忘れ、渦同士による対消滅を実行に移した。
 半ば自爆に近い至近距離での暴発の光の波に希が飲み込まれるのを気遣う余裕は一切無く、私と由良に出来たことといえは、楓の身体を捕まえて、破壊の余波から逃れることだけだった。

 静寂が再び訪れた時、希の立っていた場所に遺されていたのは、天変地異の爪痕か、そうでなければ、鬼神の所業としか思えない、桁外れに深遠な窪地だけだった。
 楓は、雨に打ち捨てられた女子学生のように、茫然とへたりこんで涙を浮かべている。ここにあるのは、何もかもを喪失して、虚ろになってしまった天原楓の残骸。私は、希からその有様を――半身をけずり取られた人間が、一体どうなってしまうのかを、見せつけられているような気がした。
 しかし、私と由良は声には出さなくても確信していた。この程度の災厄で希が倒れることは、決してありえないと。
 私達でさえ助かっているのだから、希が傷つくことがあっても、倒れるような事態は考えられない。今でもなお、希は私達のすぐ近くに潜んでいると考えるのが自然だった。そして、再び希と接触した時、楓は、今度こそ、生命と引き換えにして希を救おうとする。
 どうしたら、楓にこれ以上無理をさせることなく、休ませておくことができるのか。それを考えようとした矢先、背後から超音速で迫り来る、3つの光針の軌道が脳内に描かれる。
 言葉で注意を促しても間に合わない、完全な不意打ちに反応できたのは、共融した由良から瞬時に意思を汲み取ることができたからで、そうでなければ、私も楓と同じ目に遭っていたに違いなかった。
「大変だよ! 楓、息してない・・・」
 楓の様子を見た由良が声を上げる。しかし、私は今起こった事態の本質が、怖いくらいに、冷静に理解できていた。
「一応は、『ありがとう』・・・と、言っておくね。私達も、楓を希に会わせない為の方策に困っていたところだったから」
 背後から楓の左胸に突き立った一本の針。それを引き抜いて楓を寝かせた私は、安堵と口惜しさが綯い交ぜ(ないまぜ)にになった心境で、その本来の持ち主を見据える。
「一本の髪を変性させた極細の針です。決して安全なやり方とは言えませんが、電場を操って、失神を誘発しました。楓にだけは、これ以上、私が墜ちていく姿を見せるべきではないでしょうから・・・」
 身体のあらゆる場所から滲み零れる血と、喉の奥に流れ落ちる涙。傷だらけの姿態を群青の服の下に隠し、星影に背を向けて佇む。そんな希の姿からは、狂おしいまでに美しい、破滅の匂いがした。
「楓が息を吹き返すのに、必要な時間は?」
「・・・40分以内に私を打ち伏せて蘇生させるか、楓が自力で息を吹き返せば生命は無事に助かるでしょう。しかし、それ以上に長引いた時には――楓が目を開けることは、永久に無いでしょう。もっとも、私達の関係に終止符を打つだけでしたら、それは、あまりに充分すぎるほどの時間になるでしょう・・・」
 希の言う通りだった。私達がただ争って決着をつけるだけなら、どれだけ長引いたとしても、ものの数分と要しないだろう。
 しかし、関係を終わらせるのではなくて、まったく別の形として生まれ変わらせるには、40分という期限は相当に切迫している。こうなってしまった以上、一分でも、一秒でも早く、希の価値観の核を見つけ出す必要があった。
「解らないよ・・・隠しようもないくらいに、私達は、希のことを想っているし、希もまた、楓の心を思い遣っている。それなのに、どうして互いに傷ついて、傷つけあっているの・・・。ねえ、希を駆り立てているものって、一体何なの。どれだけ深くて、どれだけ重いものなの!?」
 駆け引きの欠片もない、信頼のみに支えられた単刀直入の切り込み。しかし、心の片隅には、ほんの僅かなためらいが、引っかかっていた。
もしかしたら、私は希の本心を、最後まで知らない方が良いのかもしれない。希の心を中途半端に知ってしまったら、私は希に同情心を抱いたり、かえって、判断を誤ってしまうことになるのかもしれない。希が真実を隠す可能性が極小であることを差し引いても、希に直接質問するという方策は、危うさを孕んだ賭けだった。
 私のあまりにも馬鹿正直な質問に面食らったのか、それとも何も知らない私に呆れかえったのか。希は、瞬きすることさえも忘れて固まってしまう。その視線を追って見てみると、隣でもまた、由良が絶妙なまでに微妙な評価を下していた。
〝純理って、わたしからだけじゃなくて、楓からも、希のこと、訊いてなかったんだ・・・〟
〝う、うん・・・実は、初日に楓とお風呂で交わした会話以外には、殆ど知らなくて・・〟
 ある種の哀れみすらも漂ってきそうな会話を、視線と意識で交わし合う私と由良。
 こうなるとことが分かっていたなら、恥を忍んででも、意識が戻った楓に逐一訊いておけば良かった。
 結局、私と由良が間の抜けたやり取りをしているあいだに自力で立ちなおった希は、出来の悪い学生に助け舟を出すような心境だったに違いない。
 ひと呼吸だけため息をつくと、丁寧で分かりやすく、ゆっくりとした口調で、私達に思いを伝えてくれた。
「私は・・・不完全な時間を憎むと同時に、それ以上に私自身を憎んでいます。誰とも仲良くなってはいけない。奪うことと、破壊することだけを天命として生きるしかない。想像できるものならば、やってみて下さい。八千年弱の長き時の間に、私に血肉をもたらした幾百世代の先人が、私のような生き方を求められたのかを。孤独なまま、暗い道を生涯歩き続けた先人の死を無駄にしないためには、これ以上私のような不遇な子が生まれないようにするためには、私が全てを終わらせる以外に、方法は無いのです」
 理解するには、これだけで充分だった。楓が、決して希を憎もうとしなかった理由。希の心の奥底から抜け落ちたままになっている、欠片の正体についても。希の想いは、その純粋さゆえに鋭くて、純粋すぎるがゆえに、胸が痛んだ。
「駄目だよ・・・いまの希は、とても強いけれど・・・それでも、わたしと純理には及ばない。だって、希の想いが、あまりにも純粋すぎるから」
 由良の言葉に対して、疑念の色を帯びる希。そこに向かって、私は更に言葉を付け足した。
「由良が言った通り・・・希は、その一途で、強すぎるくらいの想いを持つがゆえに、願いを叶えることができないの。少なくとも、その身に着けた断片の力にすがっている限りはね」
 由良と私が言ったのは、挑発でも、妄言でもない。私の計算と、由良の有している暗黙知が協奏して導いた、ひとつの結論だった。
「いまの希が為すべきことは、得るものが一つとして無いような争いを続けることじゃない。水晶の牢獄から己を解き放って、失ったものを拾い上げること・・・それこそが、希が本当の意味で、先人達に報いる道だと思う」
「何の代償も払わずに思いが遂げられるとでも、考えているのですか。何が残っているのかも分からないほど多くのものを捨て去った私に、純理は、今更何を拾えというのですか!?」
 希の内面が揺れる度に、刺すような威圧感が身体を突き抜ける。しかし、どれだけ圧倒的な力の片鱗を受けても、私の意志は揺らがない。これまでに紡いできた時の糸をゆっくりと解きほぐしながら、あふれ出る光の粒を、ありのままに希に伝えていく。
「小里さんから話を聞いて以来、ずっと心の中に引っかかっていたの。根本的な疑問として、どうして、本質的にはデバイスに過ぎない断片というものを、必死になって集めようとするのかって。
 しかし、希の話を訊いて、ようやく分かったの。結局のところは、きくなや亜実のように、現在を愛していないから――未来や過去に執着すればするほど、聖体という存在は、魅惑的なものに見えていく。そして、同時に、危険で恐ろしい存在にも見えてしまう。だから、いまの自分を憎んでいる希も、断片を集めて最終的には破壊することを、自己実現の手段にしようとしてしまった」
 まっすぐに見つめあう視線と視線。曇りの無い、きれいな目を見つめながら、その奥にある希の心にまで想いが届くように。そのことだけを、私は祈っていた。
「私は、現在という時間を愛してる。どうしようもなくくだらないと思っていた、この世界を、好きだということができる。互いに存在を愛しみ、響きあう喜びがあれば、どれだけ不確定に満ちた世界の中でも、人は幸せの形を探すことができる。私の場合は、由良と出会ったことがきっかけになって、そのことに気付くことができた」
希 の瞳に、いままでには見せなかった色が重なり始める。
「この世界を、現在を愛して、他人と溶け合う心を取り戻せば、希がこれまでに見えなかった道だって、きっと見つかってくる。すぐには見つからないかもしれないけれど、いつも希の傍にいて、希のことをを愛している人間が、一緒になって手伝ってくれる。その半身を切り離して、自らの手で失くそうとしている希は、私達には絶対に勝てない!」
「・・・・――!!」
 宣告と同時に、鈍い音を立てて希が地に倒れ伏したかと思うと、何かに憑かれたかのように、不自然な角度に背を曲げて痙攣と嗚咽を繰り返す。理性の決壊を防ぐ為に、身体が強引にでも思考を中断させようとしている。
 そう気付いてしまった時には、手遅れだった。駆け寄ろうとした私を捉えた希の両の瞳には、昏い魂の底だけを灯す、憎悪の炎だけが、既に小さく宿ってしまっていた。
「星奔純理・・・貴女の言葉は、私をばらばらに引き裂こうとする。それが正しいかどうかは、既に関係ありません。私は、私自身を守る為に、目の前の声を摘み取ります」
 失策だった。私は、楓を早く助けようと躍起になるあまりに急ぎすぎて、希の心に、断層を形成してしまった。
 しかし、これまでの努力を台無しにしてしまいかねない行為への後悔に酔っている間もなく、希は肢体を震えさせながらも、再び立ち上がろうとしていた。
 そして、明確な害意をもって、希は私達に対峙する。
「壊れかけている私にも、まだ力は残っています。これまでにも再三にわたって貴方達を圧倒できるほどの力・・・例え純理が断片の操作法を二、三通り覚えて由良と共融したところで、私にはまだ及ばない。根拠無き慢心を抱いてしまったこと・・・それこそが、貴方達の破滅を招いてしまったのです」
 最後通牒(ラストワード)――この時点をもって、希と私達の交渉は決裂した。

 希は最小時間で矢継ぎ早に光球を形成し、自分の周囲に数え切れないほどのストックを溜め込んでいく。その動きに反応して、私は、添え木を当てたままになっている右手の代わりに、左手に構えた力場の制御に意識を集中する。
 引力と斥力をせめぎ合わせた力場の中に、地面から集めた珪砂を超高圧下で圧縮する。こうして構成した高硬度の弾丸は、斥力場で射出すると、空気との摩擦熱とその硬度の相乗効果で、貫通力が極限に高められた、運動エネルギーの塊になる。
 断片の特長である自在性を活用した極小の投石機構(カタパルト)――いや、むしろ高エネルギー砲とでも呼ぶべきもの。それが、私が短い時間で覚えられた、数少ない戦術の一つだった。
 狙いは一つ、希の持つ断片の中でただひとつ身体と同化していない、胸元に収められているアンクル。希の準備行動よりも僅かに早く私は射線をイメージして・・・・身体が強張る。
〝僅かでも狙いが外れたら、私は、希の心臓を打ち抜いてしまう〟
 最善と最悪の二択を前にして私を襲った硬直は、三秒にも満たないものだったけれど、希が絶対的な優位を生み出すには、充分な時間だった。
 希は生み出した光球の群れを融合させて右手の先に束ね、80~100m級の長大な刀身に成長させる。鳥類の風切羽根で全体を修飾した・・・というより、羽根を幾重にも並べて折り重ねて、そのまま刀身としたような異様な形状。そこに気流が収束した時、希の刀身は、氷を実体とした淡く白い輝きを帯びる。
「『堕天使の翼』――現在の私に制御可能な範囲内で、最強の兵器です。今のように手抜きの姿勢を続けるのは随意ですが、その場合には、未練ごと断ち切られるものと心得て下さい!」
 声と共に一閃された大剣は、羽根のように風を切り、あり得ない角速度で私達のいた場所を薙ぐ。
 バックステップで避けたと思う間もなく。翼から放たれた氷の羽根を、とっさに左手に持て余していた玉髄で迎撃する。しかし、着弾した玉髄が衝突した地点で起こった爆風に巻き込まれて、耐爆姿勢を取る余裕も無いままに吹き飛ばされる。
 引火性の氷柱に当ててしまった失策を後悔する間もなく、襲い来る第二波。
 直線的な軌道を描き、数にものを言わせて飛来する羽根の雨を凌ぐ手段が無いと感じた時、目の前に立ちはだかった由良が、右腕を中心に展開した力場を振るって、羽根を一纏めに巻き込もうとする。
 しかし、希の攻撃は甘くなかった。力場に纏わりついた羽根が積もって氷の壁を形成すると、希の放った光球に触れて、再度爆発する。殆ど為す術も無いままに、余波を受ける私と由良。
 吹き荒れた爆風が収まって、視界が晴れた時には、風に舞っている数多の羽根が、私と由良の退路を、全方位から取り囲んでいた。
「あっさりと詰みましたね。純理の右腕が折られていなければ、もう少しは時間を稼げたかもしれませんけれど・・・考えたところで、詮無きことでしょう」
 これくらいの動きは造作無いとばかりに、淡々と語る希の口調が、その力量を証明している。単なる力押しではなく、力を自在に扱う術においても、希は私達の数段上を行っていた。
 大幅な予定変更が必至であると知った私は、内心で冷や汗と思考の嵐に翻弄されながらも、努めて平静を装う。例え虚勢に過ぎなくても、気持ちだけは希と同じ場所に立っていない限り、対等な会話は成立しない。
 私と由良はその場に直立すると、大剣を携えた希と相対する。生の恐怖が全身を走り回っていたけれど、あの時にぎゅっと握ってくれた由良の手は温かくて、計り知れないほど心強くて、その想いに支えられながら、私は人生最大のハッタリを演じる、大役に臨んだ。
「由良が右腕を折ってくれたことには、むしろ感謝してる。そのおかげで、私は大切なものを壊さなくて済んだのだから。それに・・・希が心配しなくても、私の右腕は美月が再構成して、既に完治しているの」
 保護シートを外し、接木として使っていた棒状のデバイスをむき出しにすると、自動で稼働したそれは、一瞬目が眩むほどの閃光を放つ。
0.03秒後、私と由良の周囲に展開されていた羽根も、希が掲げていた翼も、断片によって制御中の状態にあった全因子が、ことごとく消滅していた。
 白梅寮で私と由良がきくなに会っていた間に美月が構成してくれた、使い捨ての対構成力用迎撃デバイス。中立を旨としている美月が私達にくれた理由を訊ねても、美月はただ、笑って煙に巻くばかりだった。
 互いに一片の力も発動できない、身一つだけの状況。本能的な判断で咄嗟に位置を変えようとする希は、戸惑いの表情のままに足を止め、半身を庇う姿勢を見せる。
 希が抑えている右肩に突き刺さっているのは、倒れこんだ楓から引き抜いて隠し持っていた、希の毛髪。視認がきわめて困難な極細の針が、皮肉にも、後に希自身の動きを制限することになった。
「傷つけることが目的ではないけれど・・・合理的な解決策が見出せない以上、これくらいは許してね・・・」
 右腕の動きを鈍らせれば、一時的な効果に過ぎないにせよ、あの武器は当面使えなくなる。悠長に構えている訳にはいかないけれど、私達の目的は希の生命を奪うことではなく、希と心を通わせること。その為には、時間を稼ぐことが最優先だった。
 一方で、この傷は希の精神にも、深刻な影響を与えたに違いなかった。私がその気になっていたなら、この針は確実に、希の急所に突き刺さっていた。過去の事象を仮定形で論じることは禁句だとしても、この事実がどれだけ重いか、それが理解できないような希ではなかった。
「失礼にも、私は貴女達を過小に評価してしまっていたようですね・・・しかし、まだ支障はありません」
 希の手の内に光球が集結し、再び大剣のフォルムを形造る。
 まだ完全に繋がりきっていない右腕で針を投げたのがいけなかったのか、希に与えた傷は動きに一定の制約を課したものの、翼の使用を封じるには至らなかったらしい。
 引き抜いた針を手中で分解した希は、二度と同じ失敗を犯しはしないだろう。
「分かりません。何故、生命を奪おうとまでしている私に、そこまで情をかけようとするのか。どれほど愛しく思っても、大切に思っていても、きれいなものはことごとく時の流れとともに遠く離れていってしまうのに、どうして私を引きとめようとするのですか!」
 前にも増して強烈な突風が渦を巻き、氷刃を吹き結んでいく。
聴覚の一切を埋め尽くし侵蝕する程の勢いで風の音が叫び響く中、迷いも、感情も、自分自身のあらゆる束縛を押し流そうとするかのように希が連撃を発動させる。轟然と震える大気の下、無数の斬撃と羽根と爆発の嵐に飲み込まれた場所は、一様に、破滅の色へと染め上がっていった。

 草一本すら残らなくなった大地。ところどころ、樹皮が剥がれ落ちている、痛々しい樹々。その痛ましい光景に、私は思わず、深いため息をつく。
「もう・・・後で、小里さんに謝ってね・・・ここまで滅茶滅茶に荒らしちゃった後始末は、しっかりと、つけて貰うから」
「そうだよぉ。純理の言う通りにやったから、何とか避けられたけれど、あまりに回りすぎて、とうとう吐き気まで感じてきちゃったんだから・・・」
 こんなにも酷い人災は、外の世界を探したってそうそうあるものじゃない。せっかく亜実が丁寧に洗ってくれた制服も、今ではあちこちが切れ裂けて、細かい傷や埃で泥だらけになってしまっている。
 そして、この結果は、希にとっても意外なものらしかった。
「あの複合攻撃を耐え抜きましたか――もはや、人間業ではありませんね。貴女達も、そして私も・・・。まさかとは思いますが、これも絶対時間感覚(マスタークロック)の為せる業なのですか?」
 希が驚いたのも無理はない。裂帛の気合で放たれた希の複合攻撃には、手加減や情け容赦といった類のものが、一切含まれていなかった。
 直線的な軌道と同時に変則的な動きの撹乱が入り混ぜられた羽根に、変幻自在に最適な形状へと変化する翼、それらだけでも十分に厄介なのに、空いている左手から追撃や微調整をしてくるのだから、受ける側は徹底的に神経を削られていく。
 一見、乱雑なようでありながら、実際は計算され尽くした手順で獲物を追い詰める、冷酷なまでに練り込まれた戦術だった。
 希の質問に、由良はすこし困った笑顔で応じる。希の仮説は半分外れているけれど、残りの半分は、事実を言い当てていた。
「わたしの能力なんて、腕時計が要らない程度のものでしかないよ・・・でも、さっき純理と共融したことで――わたしの時間は、武器にもなったの」
 希はひとつの重大な要素を、計算のうちに入れていなかった。私が由良と共融したことで、絶対時間感覚(マスタークロック)を共有できるようになったということを。無用な不確定要素を導入して事故や暴発を避けるために、前回は敢えてそれを使わなかったけれど、私の中で由良と完全に同調した連動時計(スレイブ・クロック)を活動させれば、私達の力は二倍にも、四倍にもなる。
 希の攻撃を凌げられたのは、変形こそあれ、ひとつひとつの軌道は一度見たものの組合わせに過ぎない、悪く言えば技術に頼った攻撃だったから。意識の一部を共有できている私達なら、私がパターン化した軌道をもとに由良が迎撃のイメージを描き、瞬時に情報を交換することも不可能ではない。そのおかげで、苦しいながらも、玉髄による相殺や連携を駆使することで、一連の攻撃を回避することができた。
「1+1が3に及ぶことはないというのは、決め付けだったようですね。1+1が2になって、更に2×2になる日が来ようとは、思ってもいませんでした・・・」
 技術戦で敗北した希が取りうる選択肢は、彼女自身が最初に展開したような力任せの広範囲無差別攻撃以外に残されていない。
 希は手にしていた氷剣を地に突き立てると、それは地中に溶けるように姿を消して――入れ替わるように、私達と希を同心円の中心として取り囲む形で極太の氷柱が突き出して氷壁をつくる。これでもう、私達は外部と隔絶されると同時に、逃げ場も無くなった。
「奇縁・・・とでも言うのでしょうか。決して越えることが許されない境界に隔てられていて、立場も、目指すものも相容れないにも関わらず、外界から隔絶された白梅寮の中で、更に私達三人だけが、この結界の内に身を削りあっている。しかし、それも間もなく終焉を迎えます。思い焦がれた春の夜も、束の間の甘美な夢にも、いま、終止符が打たれるのです」
 幾重にも重なった邂逅の環の内心にありながら、その只中で執り行われようとしているのは、離別の儀式。私達が注視している中、希は胸の前に差し出した両手の中に、一抱え大の光球を形成する。
 私と由良も、何の手立ても無しにただ希の様子を見ていたわけではなかった。
 一瞬の周期を見極めるために、全神経を集中する。私と由良が別個に放った作用を重ね合わせれば、技術的には作用点に掛かる力を二倍まで増強させることもできた。しかし、こんな、曲芸に近い行為の経験は一度も無いうえに、仮に私達が体内時間の共有によって完全な同期を取ることに成功したとしても、元が1+1であることが変わらない以上、持続時間は、一瞬に過ぎない。下手に私達から動いて、受け止められたり無力化されないようにするには、希の最後の一撃を放ってから此処に到達する直前の刹那に力を発動させる以外に、選択肢は無かった。
 一切の意識が集約した、神聖なまでに純潔な時間が引き絞られ――やがて極限に達した瞬間、過去、現在、未来の全てが一点に収縮した、時の矢が動き出す。
 個別に放たれた三つの射線が、精密な芸術品のように時を同じくして一点に収束する。
 それらはやがて無数の光の粒子へと分解すると、それらもまた泡のように壊れて消え去っていった。
 茫然と膝を着いた希は、そのまま焦点を失った瞳で宙を見つめている。全精力を絞り切って、彫像のように微動だにしない希に、私は、あと一押しで途切れそうな意識を繋ぎ留めながら、自分の思いを紡いでいく。
「希にとって、白梅寮で送ってきた時間は、決して幸せなものではなかったのかもしれない。けれど、大切なものを大事に手元において置くことができないのは、別に、希だけじゃない。私にもできないし、由良にも、楓にも、他の誰にもできないことだから。例えば、それは桜の花びら。せっかく手のひらに捕まえることができても、眺めようと思ったら捕まえた手を開かないといけない。手を離したら風に流されてしまうけれど、握り締めると潰れてしまう・・・でも、そうやって、一瞬のうちに過ぎ去ってしまうからこそ、今が、愛おしく思えてくるの。ちょうど、希が愛しんでいる、輝きのようにね」
 本当に、言われても分かるかどうかといったほどに微かながら、希の身体が小刻みに震える。二つの思いが擦れあい、軋めきだした氷壁。
 その表層をなでるように、ふわっと温かな、春の風が吹いた。
「愛おしいと思う心にまでは、嘘なんてつけないよ。想いの形は違っていても、希もやっぱり、わたしや純理とおんなじで、現在を愛してるんだよ」
 それは、希がずっと昔から心の中に抱いてきて、それでも気付こうとしなかった――或いは、気付いていたとしても、無意識の領域に封じ込めていた事実。それが希の意識に響きわたった次の瞬間、希がこれまでかたくなに抱き締めてきた心は、決壊した。




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